かえるん日記

当たった時は謙虚に。外した時は冷静に。

どうにかして努力せずに成功できないものか

anond.hatelabo.jp

 良い大学には行けなかったけど反骨心を胸にコツコツ努力して出世していき、今ではゴリゴリに充実しています。という旨の匿名エントリーを引っ張ってきた。世の中にはこういう頭のおかしい(最高級の褒め言葉)人間が割と数多くいて、努力をしなければ相対的に成功から遠ざかっていってしまう。言ってしまえば、努力できない人間は成功できないようになっているのだ。よく出来た世の中だと思う。

kaerun4451.hateblo.jp

努力が難しい理由の1つとして、「目標設定」という高いハードルがはじめに用意されているという点が挙げられると思う。努力するといっても、まず何のために努力するかを決めなければ努力することはできない。そのためには自分がどうなりたいかを考える必要があるし、そこに明確な未来像を思い描くことはなかなか難しい。もう1つが「手段」である。上のエントリーみたいに、「自分よりいい大学に入った奴らを見返す」という目標を設定できたとしても、そのためにどうすべきかというのはこれまた自分で選択していかなければならないし、そこにはある程度の知識や知恵が必要になってくる。仮に「目標」「手段」が決まったところで、それを実行できる気概があるか、実行できたとしてもそれを継続できる根性があるか。という風にハードルが次々と待ち受けている。だから努力できる人間は凄いのだ。そりゃ成功もするだろう。

p-shirokuma.hatenadiary.com

努力には「コツコツ」という擬音がよく似合う。決して「ガンガン」努力はしないだろう。そもそも「ガンガン努力する」は努力とは言えないからだ。「短期間で集中して頑張る」は主にマイナスをゼロにするためのテクニックであり、そこからプラスが産まれることはほぼない。だが一方で、「長期間少しづつ頑張る」は主にゼロをプラスにするためのテクニックであり、そこには必ずプラスが付いてくるのである。「コツコツ努力する」と言うが、そもそも努力とは「コツコツ」なのである。

kaerun4451.hateblo.jp

話を戻すが、今日のクソブログのタイトルは「どうにかして努力せずに成功できないものか」というものだ。ここまで書いてきて思うが、「そこまでハードルの高い、「努力」という作業を経てしてまで成功したいか」という疑念が出てくる人も多いのではないだろうか。そもそも自分は「どうにかして」というほど成功を望んでいるのだろうか。よくよく考えてみてほしい。少なくとも私の志はそこまで高くない。

というわけで我々が求めるべきはやはり、目先の自由と快楽今日という日の幸福なのである。明日のことを考えるから努力が必要になるのだ。今日できる最大限の成功に向けてガンガン努力していけばいい。少なくとも我々は短期間に集中して頑張ることには長けているはずだから。

「1週間集中して頑張ったら凄い成功しました」とかいう成功談をあまり聞かないのは多分そういうことなのだが、明日のことがどうでもよければそんなことはどうでもいいだろう。

明日の自分にやる気を出させることはできないけど、今日の自分にやる気を出させることはできる。

それではまた明日。