かえるん日記

地方馬がダービーを制す

九九は全部覚えなくていい

算数のテストで掛け算の式の順序が逆(逆ってどういうこと?)だと不正解にされるというのが問題になっているようです。中高数学もロクに出来ないような教師が勝手にやってることかと思いきや、教科書等でこういった教育方針が取られているというのだから驚きですね。数字だけを見るのではなく、文章からしっかり式を組み立てられているかを見るためという名目のようですが、果たして掛け算の式が逆だからといって設問を理解していないことになるでしょうか?百歩譲って設問を理解していないとして、れっきとした正答なわけだからバツをつけるのはおかしいでしょう。

九九は全部覚えなくていい

かえるん少年(小2)は非常に算数が得意な小学生でした。まだ習ってない上の学年の算数ドリルを近所の先輩から借りてやってたぐらいです(先輩はそれを宿題として提出)。ただ漢字を書くのは相当苦手で、読書感想文とかを全部平仮名で書いて出して怒られた記憶があります。まあそんな話はいいとして、当時のかえるん少年は九九表を見てあることに気付きました。

3×6=18

6×3=18

いわゆる「掛ける数」と「掛けられる数」を逆にしても一緒じゃないかということです。九九の半分は同じことの裏返しをやっているだけで、覚えるのは実質半分だけでいいんじゃないかと。これは要するに「xy=yx」という代数学の基本性質です。何気ない気付きのように見えますが、こういうのって重要だと思うんですよね。自分で発見したことって1回発見してしまえば見失うことってあまりないですし、人から与えられた知見よりも応用力が高まると思います。当然全体的な理解度にも関わってきます。

中学→高校の数学において代数学のベースは算数になるわけで、今後の受験等を見据えるならば、どんな理由があるとはいえ算数教育は代数学の基本性質に乗っ取るべきだと思います。こういった基本性質=定理=法則性を自ら発見していくことが算数の楽しみ方だと思いますし、それを固定化して押し付ける、ましてやそれが数学的に正しくないっていうのはそれはもはや洗脳ではないでしょうか?

算数を味方に

この指摘が1番多かったですが、むやみに不正解にすると算数が嫌いになってしまうというのも大きいのではないでしょうか。これは私自身の感覚でもありますが、幼少期って理不尽さに割と敏感だと思うんですよね。「あの子はああなのに自分はこうだ」であったり「なんで当たっているのに間違いにされるんだ」とか。こういう精神ショックは大人が感じる以上に大きいと思います。この精神的ショックが引き金となって算数が苦手になることなんて容易に想像できるでしょう。少なくとも小2なんですから、最初は算数の楽しさを刷り込むことが第1なんじゃないかと私は思います。数字を2つ当て嵌めるだけで簡単に答えが出せる。それが掛け算の素晴らしさです。この掛け算の素晴らしさに気付くことができれば、自然と文章から式を組み立てる能力も付いてくるのではないでしょうか。

ここまで書いてきましたが、私の意見は小中高大と全く算数数学を苦にしてこなかった人の意見ではあります。算数や数学が嫌いだった人、苦手だった人がこれを考察すればまた違った見方が出てくるかもしれません。ただ、数学が好きだったり得意だったりするアドバンテージは受験の際はかなり効いてきます。私自身も数学には相当助けられました。そういったアドバンテージを獲得できる素質があるにも関わらず、そんな掛け算の順序くらいでその機会を逸する小学生がいることが、私は悔しくてたまりません。こういった「掛け算カルト」的な風潮が一刻も早くなくなることを願っています。

余談ですが、小学校教師ってクラス40人の生活面や交友関係をみたうえで国算社理全教科の基礎の基礎をしっかり刷り込まなきゃいけないわけですけど、それを全部完璧にこなせるハイスペックな人っているんですかね?基本的に無理ゲーだと思います。小学校教師にだけはなってはいけない。

ちなみに数学が出来ると論理的な思考が出来るようになって社会に出た時役立つって言う人いますけど、私はそうは思わないですね。数学ができるは数学ができるでしかないですよ。

kaerun4451.hateblo.jp

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激動の師走へ。それでは。