かえるん日記

地方馬がダービーを制す

正義の味方が多すぎて治安が悪い

kaerun4451.hateblo.jp

 今週は「正義感が人を滅ぼす」というテーマのもとでいろいろと文献を漁っていて、そのまとめ記事の第2弾ということで書いていきます。第1弾は「正義なんてカネでも付加しない限り無力だよな」という記事でした。1000字くらいの記事なので是非読んでいただければ。

ところで、今のSNSは治安が良いと言えるだろうか。Twitterは相変わらず戦場だし、インスタもバイトテロ等で問題になっている。お世辞にも治安が良いとはいえないだろう。じゃあ何がこの治安の悪さの要因となっているのだろうか。情報リテラシーの低さだろうか。それとも匿名性・公共性の高さだろうか。それもあるが、1番はやはりバランスの悪さだと思う。どうしても大衆意見に傾倒してしまうというSNSの特性上、マジョリティーとマイノリティーの分化が起こり、平行線の議論がしずらくなっているのだ。

それじゃあ何がこの「バランスの悪さ」を生み出しているのか。これがまさしく「正義の味方の圧倒的多さ」だと思う。1人の悪者に対して1000人も10000人も正義の味方が湧いてくる(ショッカーかな?)。これじゃあオーバーキルはおろか、「本当に悪者がいるのかどうか」さえわからなくなってしまうだろう。1人の悪者に対してなら、正義の味方なんて5人くらいいれば十分だろうに。

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正義の味方の数と治安の関係性をわかりやすく二次元プロットしてみたので載せておく。

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 「正義の味方」は個体で見れば「善玉」であるが、数が増えることにより「悪玉」になるいい例だと思う。それが「善」か「悪」かを判断するためには、常に全体的に俯瞰する必要がある。

話を戻して、SNSの治安の悪さを改善するための方策は、やはり「正義の味方」減らすことだと思う。「不要悪(絶対悪)」に対しては適切な方法で排除し、「必要悪(相対悪)」に対しては対等な立場から応戦する。そういった秩序ある正義の味方が、秩序ある数だけ配備されればそれで充分なのだ。

そのためにも、我々はもっと「逃げ惑う市民」に成り下がるべきだ。今のSNSでは、悪に立ち向かう正義感の強い連中が多すぎるがために「逃げ惑う市民」が不足している。ごく少数の「悪者」に、少数の「正義の味方」、大多数の「逃げ惑う市民」というバランスこそが秩序をもたらし、それが治安の良さに繋がるのだ。だから、「正義の味方」を減らし「逃げ惑う市民」を増やす必要がある。そのためにも、「正義感が人を滅ぼす」という仮説の流布が重要になってくるのではないだろうか。

雨ですね。断食最終日となります。今日の夜はおいしいものを食べに行きます。リセットは完了したので、また1から(0から)頑張っていきたいところです。それではまた明日。

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