かえるん日記

#中京は小回りコース

京大生と酒を飲む

 

kaerun4451.hateblo.jp

 

旧友の東上

10連休ということで旧友が東上してきた(就活案件があるのでしばらくこっちに居るらしいが)。酒でも飲むかという形で10連休唯一の予定らしい予定が出来たわけで、4連勤で疲弊した体にムチを打って池袋までやってきた。交通費と飲み代の値は張るが先週競馬で爆勝ちしたばかり。勝ったら贅沢する。それをモチベーションに生きている。

京大生

そいつは京大生だ。中肉中背。黒縁メガネ。前に会ったときはキノコヘアーだったが就活仕様になっていた。昔から勉強は出来るやつだった。数学の問題は誰よりも速く解き、英文は誰よりも速く読む。発音も完璧。そのくせ誰よりも勉強するのだからタチが悪い。やはり普通の人間では京都大学に入ることはできない。やつを見ているとそう感じる。

勉強が出来ると頭が良いは全く異なる

 

だがそいつは頭が悪い。答案用紙の上のそいつは天才かもしれないが、私生活のそいつはタダのバカだと言いたい。そいつは最近大学の友人に騙されて変なマルチ商法に引っかかり、かなりの大損をした。失った金をパチンコで取り戻そうとしてさらなる痛手を負った。頭の悪いエピソードは他にもたくさんある。

そいつは良い言葉で言えばお人好しというか、とにかく自分の損を顧みずに行動する傾向がある。私とは真逆だ。そいつは決して自分をマルチに引っ掛けた友人の批判をしなかった。「引っかかったのは俺だから」と言っていた。私にはわからない。私は自己犠牲は本質的には「悪」だと思っている。だがそいつは自己犠牲を犠牲と捉えていないというか、楽しそうに人の厄介事を手伝ったり、悲しそうに人の不幸を聞いたりするのだ。私にはわからない。

勉強が出来るならもっと論理的に自分の幸福を追求できるはずなのだが、そいつはそれをしない。だから勉強が出来ることと頭が良いことに相関関係はないのだと私は提唱したい。勉強が出来ても彼のような人間もいる。ゆえに高学歴だからカタブツな人間だという議論は控えるべきだ。多少の傾向はあるかもしれないが、基本的には関係ない。学力は性格には影響しないのだ。

 飲みは楽しかった。ビアテラスの飯はうまかった。就活の話も聞いた。京大生というアドバンテージは人を積極的にするらしい。面接官の反応も良好。そうは言っても世の中学歴なのである。

また機会があれば飲む約束をしてつくばに帰ってきた。現実。競馬の予想は明日の朝に。それではまた明日。