かえるん日記

地方馬がダービーを制す

誹謗中傷について。

news.yahoo.co.jp

どうも、かえるんです。まああんまり書くつもりも無かったのですが、DMでリクエストもいただいたので、ちょっと書いていきたいと思います。

批判と誹謗中傷の違い

あくまで個人的な意見ではあるので賛同できないという人も多いかとは思いますが、個人的には誹謗中傷は絶対悪ではないと思っていて、例えば自分のコンテンツに対して「つまんねえ」というコメントが来たとして、それが「意見・批判」にあたるのか、それとも「誹謗中傷」にあたるのかと言われたら、おそらくこれは「意見・批判」にあたるのではないかなと思います。「つまんない」という感想はコンテンツに対する貴重な意見ですし、発信者はこういった意見を参考にすることによって、自分のコンテンツのグレードアップを図ることができます。だから要するにそこの線引きが重要で、そりゃ「キモい」とか「死ね」とかは良くないと思いますけど、マイナスのコメント全てがあたかも誹謗中傷にあたるかのような、そういった今の世論の雰囲気は非常に嫌いです。

「批判」はコンテンツをよりよくするためには絶対に必要なものであり、インターネットユーザー(特に発信者)は「批判」と「誹謗中傷」の線引きをある程度認識できるぐらいのリテラシーは持っておいたほうがいいのではないでしょうか。

「アンチ」の必要性

これはインターネットに限った話ではないのですが、身の周りの人間が全員自分に賛同してくれるわけがないということです。これは一人称視点に置き換えてみればわかりやすい話で、例えば自分の身の回りの人間を無作為に10人選んだとして、その中に自分の「好き」な人間は何人いるかと考えたとします。そうすると、おそらく「10人中10人が好きな人」となる人はあまりいないと思うんですよね。当然自分の身の回りには「ウザい」やつもいるし、「キモい」やつもいる。だから逆に自分が回りにそう思われていたとしてもなんら不思議じゃないし、なんならそう思われている可能性のほうが高いと思ったほうがいいかもしれません。ゆえに1000人が自分のコンテンツを見ていたとして、そのコンテンツを快く思わない人間が50~100人くらいいてなんら不思議じゃないし、逆にそれくらい居たほうが「健全なコンテンツ」とも言えるのではないでしょうか。

そうなってくると、自分が発信したコンテンツに関して100%の賛同が得られるかと言われれば絶対そんなことはなく、必ずそこには一定数のアンチが「湧いてくる」わけです。ただそのアンチがどういう属性なのか、そのアンチがどうして自分のアンチなのかを考えることにより、コンテンツはよりよいものになっていきます。アンチを次々にブロックして、自分に賛同してくる人だけで情報発信を行うのは、そりゃ発信者にとっては快適だとは思いますが、それではコンテンツが良くなっていかないですし、結局のところそのコミュニティの外ではアンチが湧くことになります。アンチとどのように「共存」し、アンチについてどう向き合っていくか。これは発信者に求められる資質として見れる要素の1つだと思います。

「誹謗中傷」に対する芸能人の対応について

これも主観的な話にはなってしまうのですが、今回の件をきっかけに、芸能人が「誹謗中傷した人を訴えます」みたいな、そういうことを発信することが結構増えていて、個人的にはこれに対してかなり不快感を抱いています。

まあ言ってしまえば誹謗中傷をする人っていうのは、芸能人に比べて社会的立場が弱いわけで、その自分より立場が弱い人間に対して、「金を使って潰してやる」というような、弾圧とも脅迫とも取れるやり方は個人的にあまり好きじゃないというか、言い方かなり良くないですけど、「ダサいな」とは感じます。これまで述べてきたとおり、「批判」あるいは「アンチ」というものはある程度は許容されるべきだと個人的に考えていて、まああからさまに酷い誹謗中傷については規制、対応する必要はあるかと思いますが、片っ端から潰していこうというような、そういう風潮は良くないと思います。芸能人はやはりコンテンツの形成によって金を稼いでいるわけですから、「アンチ」というコンテンツ形成における重要なパーツに対して、真摯に向き合っていく器量を持ち合わせるべきだと個人的には考えます。「莫大な金銭を受け取るにはそれなりの代償を払わなければならない」というのは現代社会におけるであり、「誹謗中傷」というのは言い換えればその「代償」になる。そういう見方もできると思います。今回の事件を機に被害者面をし、社会的弱者である我々に対して弾圧的なイキり方をしている芸能人を、少なくとも私は応援しようとは思わないですね。

インターネットの匿名性について

これにかこつけて、インターネットの匿名性についてどうなんだという議論も出ていますが、個人的にはインターネットの匿名性については良いと思っていて、やはり匿名性があるからこそ活性化する議論というものもあると思っています。匿名性によって、芸能人とかだとなかなか言えないような既得権益に対する批判だとか、今まで解決に至らなかった社会問題に対して世論が陽動されていくという部分もあるので、匿名性は決して悪ではないと思います。芸能人やYouTuberなんかは、その匿名性を捨てる代償としてインターネットから金銭を捻出させることが出来ているわけで、その匿名性が無くなってしまっては、そのシステムが根本から崩れてしまいます。それくらい匿名性というのはインターネットにとって重要な構成要素であり、なくてはならないものと個人的には考えます。まあTwitterなんかが匿名性を無くしたところで、新たに匿名性のあるアプリケーションが席巻するだけのように感じますが。

まとめ

簡潔にまとめると、「批判」を「誹謗中傷」と過大解釈し、芸能人が明らかに自分より社会的立場が低いであろう民間人に対してイキっているということが、まああまりいい気はしないというところが結論にはなってくると思います。「死ね」などの度を超えたアンチコメントは良くないというのは確かですが、あくまで「批判」の範疇に入るコメントに関しては、インターネットを構成する要素として意義のあるものですし、ぜひ裁判沙汰にするというような過剰な弾圧は辞めていただきたいというのが私の意見です。文句のある人はコメント欄にどうぞ。それではまた明日。