かえるん日記

#中京は小回りコース

イチローのことを書くなんておこがましくて私にはできない

 イチローのことを書くなんて

 

イチローのことを書くのは難しい。存在が偉大すぎるからだ。普通偉大な存在にはアンチが付き物だ。武豊にもアンチがいるしC.ロナウドにもアンチがいる。ただイチローのアンチというのは聞いたことがない。それほどまでにイチローが特異に偉大であるということなのだろう。だからイチローのことを書くのは難しい。文字に表すなんて失礼に値するのかもしれない。でも書きたい。書かせてくれ。書いて私の気持ちを整理させてくれ。イチローの引退に実感が湧かない自分もいる。だから書きたい。書かないと先に進めない気がする。心にポッカリ穴が開いたままになる。読んでほしいとは言わない。今後イチローの引退に実感が湧いてきてこのブログを消したくなる自分がいるかもしれない。でも私は書く。1人のイチローファンとして。また1人の野球ファンとして。

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イチローから学ぶべき「頑張ること」の基準

昨日の記者会見を少し抜粋させてほしい。

ー結果を残すために、自分なりに重ねてきたことはありますが、人より頑張ってきたとはとても言えないし、そんなことはまったくないですけど、自分なりに頑張ってきたということはハッキリ言えるのでー

日本人は「頑張ること」の基準を他人に求める。他人より頑張ったから自分は頑張っている。他人より頑張っていないから自分は頑張っていない。そうではないのだとイチローは教えてくれる。自分なりに頑張ればそれでいいのだと。他人とは比較せず自分の仕事に集中する。この発想はイチローの発言の随所に見られる。

ーあくまで「はかり」は自分の中にあって、自分なりに「はかり」を使って限界を見ながら、ちょっと超えてゆくー

「頑張ること」というのは自分なりの基準を使って限界を定め、それを少しずつ超えてゆくということである。イチローの発言をアレンジすればこうなるだろう。まさにその通りだと思う。我々はすぐに外を見る。そして他人と自分を比べる。そうではないのだとイチローは教えてくれる。常に基準は自分の中にあるのだと。だからこそイチローは記録に執着しない。ただ淡々と自分の仕事と責任を果たし、それを継続する。これをできる人間はなかなかいないだろう。必ずどこかに目移りしてしまう。イチローが長い間第一線で活躍し続けることができたのはこういう考え方があったからではないだろうか。だからイチローはあれだけの記録を残しておきながら奢ることはなかった。彼の基準は自分の中にあったから。自分の中の「はかり」をどんどん上げていく。そのことにより絶対に満足できない状態を作り出し、常に自分を追い込むことができる。何が彼を突き動かす原動力となり、モチベーションとなったのだろうか。答えはここにあると私は言いたい。

最後に

イチローほど野球の似合う人はいないだろう。私はイチローが「ミスター・ベースボール」であると思っている。それ以上は私の言葉では表すことはできない。だからもう私がイチローについてブログに書くことはないと思う。そんなことはおこがましくて私にはできない。だが今日だけはお前らと一緒にイチローの現役生活に思いを馳せたかった。ただそれだけだ。拙い文章ですまない。ありがとうイチロー。それではまた明日。