かえるん日記

地方馬がダービーを制す

配球も人生も、大事なのは「緩急」

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往年の名伯楽、野村克也がこの世を去りました。合掌。安らかに。

今日は追悼記事ということで書いていくわけですが、彼の遺した著書にこんな一節がありました。

すべてのボールを一球入魂、全力投球したがるのが「真面目な優等生」、手を抜いても許されるところでは加減して、遊び心を持って投げているのが「不真面目な優等生」。エースと呼ばれる投手は、そのほとんどが不真面目な優等生だった。人生だって、適度な遊び心を持たせることが肝心である。全力投球ばかりしていたら、やがて生きることに疲れてしまうだろう。

配球だけに限らず、野村克也の野球には「緩急」がありました。アッサリ三者凡退で終わるイニングが続いたかと思いきや、ワンチャンスにここぞの集中力で連打を浴びせて点数をもぎ取る。選手1人1人が虎視眈々と静かにその一瞬を待っている。そんな恐怖野村克也の野球にはあったように感じます。

だから野村克也の言う「緩急」とは、むしろ「緩」のほうにどれだけ脅威を感じさせられるかどうかということなのかなと思います。要するに、緩めている状態でどれだけ相手に緊張感を持たせられるか。いかにして相手に気を張らせ、自分で余裕を持つことができるのかということです。

もちろんこれは人生においても同じことだと思います。「あいつは今は緩めている段階だけど、本気を出したらやってくれる。だから信頼できる」そう思わせることが大切なのではないでしょうか。

そう思わせるためには結局、「やるべきこと」「やらなくてもいいこと」の取捨選択が大事になってきます。「やるべき時にやらない」人は信頼を得ることができませんし、逆に「やらなくていい時までやってしまう」と余裕がなくなってしまいます。そういう意味では、「緩急」とは「取捨選択」なのかもしれません。「緩」と「急」の取捨選択がキッチリ出来る人は「急」の質も上がりますし、同時に「緩」にも凄みがでてきます。

野村克也のように「緩」を愛される人間に。それではまた明日。